あれは先月の今頃だった…
?「…」
俺「(ん?ホームレスがうちのゴミ箱あさってる…)」
?「…」
俺「あのー…そこ荒らされると困るんですけど」
?「…」
俺「(げ!が、外人…?)」
俺「え、えーと…メ…メイアイヘルプユー?」
?「…□△○×」
俺「英語喋れないのか…困ったな」
?「…×△○□」
俺「イッヒとかゲンとか言ってるから…ドイツ語かな…」
?「…△□×○」
俺「…あれ…?というかこの人…」
?「…□×○△」
俺「(…耳聞こえてない?)」
?「…」
俺「ん?紙とペン?」
?「…」
俺「ああ、これで筆談するってことね…なるほど」
?「…(サラサラ)」
俺「えー…なになに…『Wo bin ich』?俺ドイツ語わかんないんだよな…」
?「…」
?「…」
俺「えー『Wo bin ich』は…『ここはどこですか』か、なるほど」
?「…」
俺「『ここは吉祥寺です』…変換…」
?「…」
俺「『Es ist hier Kichijoji』…か。はいどうぞ」
?「?」
?「キチジョウジ?どこの国だ?」
俺「国じゃないですよ。日本の東京の武蔵野市の地域名です」
?「日本?東京?どこだそれは」
俺「どこって…あなた来日してきたんでしょ?」
?「散歩していたら変な青い渦に巻き込まれたんだ」
俺「はあ?」
俺「弦楽四重奏曲って…あなた作曲家?」
?「そうだ。私を知らんのか?田舎者め」
俺「(ん?このモジャモジャの髪…ドイツ語…作曲家…まさか…)」
?「…」
俺「…ベートーベン?」
?「そうだ」
俺「(ベートーベンのコスプレしたオッサンか…珍しいな)」
ベートーベン「警察は嫌いだ。浮浪者と間違えて牢屋に入れられたことがあるんだ」
俺「そんな格好じゃ仕方ないでしょ」
ベートーベン「とにかく今すぐウィーンに帰らなければならんのだ」
俺「だから警察に…」
ベートーベン「(グ〜…キュルル)」
俺「!」
ベートーベン「…」
俺「(すごい腹の音…)」
ベートーベン「…」
俺「あの…何か食べます?」
ベートーベン「…すまん…」
俺「(そこら辺のコンビニで適当に…)」
ベートーベン「ああ…できれば魚料理を頼む。…ワインがあればもっといい」
俺「(贅沢なオッサンだな!)」
ベートーベン「うまい!こんなうまいパンを食ったのは初めてだ!」
俺「(コンビニのパンだけど…)」
ベートーベン「ふう…食った食った」
俺「じゃ、警察に行きましょう」
ベートーベン「嫌だと言ってるだろ!」
俺「あのねえ…」
ベートーベン「しかしそれにしても…」
俺「ん?」
俺「え?これ?スマホ?」
ベートーベン「外は変なでかい鍋みたいなのが走ってるし」
俺「でかい鍋?ああ、自動車か…」
ベートーベン「わけがわからんことばかりだ。ファウストになった気分だ」
俺「(ヨーロッパにもスマホも自動車もあるだろ…何言ってんだこのオッサン)」
ベートーベン「ん?おい」
俺「?」
ベートーベン「ピアノがあるじゃないか」
ベートーベン「月光?」
俺「ベートーベンの名曲でしょ…コスプレするならそれくらい知っときなさいよ」
ベートーベン「私はそんな曲作っとらんぞ」
俺「ほら、これが楽譜」
ベートーベン「なんだ、ピアノソナタ作品27の2か…月光なんてタイトルを付けた覚えはない」
俺「…あれ、ちょっと…何してるんですか?」
ベートーベン「パンのお礼に1曲弾いてやろう」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(あーあ…勝手に弾き始めちゃった)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(へえ…結構うまいじゃん)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(ん?)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(ん?いや違う、これは…)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(変奏?しかも…)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(即興!?)」
俺「(そ、即興でどんどん変奏していく…)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「(す、凄い…)」
ベートーベン「(〜♪)」
俺「…(呆然)」
ベートーベン「耳が聞こえないのでわからんが、ちゃんと弾けていたかな」
俺「(なりきりのコスプレもここまで来たら本物だよ…)」
ベートーベン「ん?」
俺「?どうかしました?」
ベートーベン「あ…あれだ!窓の外!」
俺「え?」
俺「!!!!」
ベートーベン「行くぞ!」
俺「(な、何だあれ?駐車場の真ん中に空間に青い渦が…)」
ベートーベン「これでウィーンに戻れる!」
俺「(ちょっ…え?)」
ベートーベン「まだあって助かった」
俺「(う…渦の向こうに…昔のヨーロッパの街並みが…)」
ベートーベン「世話になったな。じゃあな」
俺「あ!」
ベートーベン「ん?」
俺「う…渦がどんどん小さく…!」
俺「…」
ベートーベン「…」
俺「消えた…」
ベートーベン「くそっ!もう少しで戻れたのに!」
俺「…(な…なんだ今の…)」
俺「(空間に青い渦…)」
俺「(渦の向こうに…昔のヨーロッパの街並みが見えた…)」
俺「(こ…このオッサンの言ってたことは本当だったのか…)」
俺「(19世紀のウィーンと2012年の東京を繋いでるとしたら…)」
俺「(このオッサンは…本当に…)」
俺「(お…音楽史上最大の作曲家…ベートーベン…なのか?)」
俺「は、はあ…」
ベートーベン「あの青い渦は二度現れたんだ。また現れるだろう」
俺「あ、あのー…」
ベートーベン「何だ?」
俺「あなたがいた所では…西暦何年でしたか?」
ベートーベン「1826年だ」
ベートーベン「どうした?」
俺「ベートーベンさん…実は…」
ベートーベン「?」
俺「今は…西暦2012年なんですよ」
ベートーベン「何?」
俺「…」
ベートーベン「信じられんが…つまり私はあの渦に巻き込まれて…」
俺「…はい」
ベートーベン「176年後のニッポンという国に来てしまったわけか」
俺「いや、2012-1826ですから186年後です」
ベートーベン「計算は苦手なんだ」
ベートーベン「私は186年後も有名なのか?」
俺「有名どころか…世界中の老若男女があなたのことを知っていますよ。ドイツからこんな遠く離れた日本でさえ」
ベートーベン「ありがたい話だな」
俺「第九なんかはEU…ヨーロッパ全体の国家になってます」
ベートーベン「第九…交響曲第9番か?一昨年作ったばかりの新曲だ」
俺「あなたの後にも作曲家がゴマンと現れたんですが…誰一人あなたを超える名声は獲得してません」
ベートーベン「そりゃそうだろう」
俺「そんな人が俺の部屋に…信じられない…」
俺「は?」
ベートーベン「作品91『ウェリントンの勝利』だよ。私の一番の人気曲だ」
俺「(ベートーベンにそんな曲あったっけ?)」
ベートーベン「交響曲第9番ですらそんな扱いなら、ウェリントンの勝利は世界国家並みの扱いだろうな」
俺「ちょっと待ってください…今調べます」
ベートーベン「聴衆に大受けしてな。あれは儲かったなあ」
俺「(げ…ウェリントンの勝利…『ベートーベン最低の駄作』…『唯一の失敗作』…『現代となっては演奏機会はほぼない』…だって)」
ベートーベン「どうだ?」
俺「え、えーと…まあ第九ほどの人気じゃないみたいです」
ベートーベン「そうか…わからんものだな」
俺「えっ!」
ベートーベン「わかるだろう、それくらい」
俺「え…ええと…」
ベートーベン「構わん。私は死など恐れん」
俺「さ…30年後です」
ベートーベン「30年後…86まで生きるのか。面倒くさいな」
俺「(さすがに言えない…来年だなんて)」
俺「うーん、困ったな…」
ベートーベン「五線紙を買ってきてくれ。やらなきゃいかん仕事がある」
俺「え、ここで作曲するんですか?」
ベートーベン「そうだ」
俺「(すげえ…大作曲家の作曲の瞬間を見られるのか)」
俺「(全然進まないな…)」
ベートーベン「ええい、お前が見ているからだ。気が散る!」
俺「す、すみません…」
ベートーベン「若いんだから友達と酒でも飲んで来い」
俺「…友達なんかいませんよ」
ベートーベン「何?」
俺「ぼっち…あ、いや、一人なんです」
俺「ベートーベンさんも友達いないんですか?」
ベートーベン「みんな私から離れていった。パトロンや弟子は腐るほどいるがな」
俺「(ベートーベンがぼっちだったとは…)」
ベートーベン「馬鹿相手にへらへらと調子を合わせるくらいなら一人でいたほうがいい」
俺「あ…でも…、昔学校で第九の歌詞を習ったんですけど」
ベートーベン「ん?」
俺「うろ覚えだけど、『友達や妻がいないやつはどっか行け』的な歌詞があったような…」
俺「はあ」
ベートーベン「例えば…私にとっては自然が友達だ」
俺「そんなんでいいんですか…」
ベートーベン「いいんだ。私はシラーの詩をそう解釈した」
俺「(勝手な話だな…)」
ベートーベン「だが妻は別だな」
俺「え?」
ベートーベン「妻はちゃんと人間の女じゃないといかん」
俺「(くっ…アニヲタの俺には耳が痛い…)」
ベートーベン「そうだ」
俺「妻どうこう言う権利はないでしょう」
ベートーベン「馬鹿を言え!私はまだ諦めていない」
俺「え?」
ベートーベン「56だがまだまだいつか理想の妻にめぐり会えると思っている」
俺「(…来年死んじゃうのに…)」
ベートーベン「お前も若いうちから諦めるな」
俺「いいんですよ…俺の嫁はエーリカだから」
ベートーベン「エーリカ?」
俺「(あ、しまった…)」
ベートーベン「何だこれは?絵か?」
俺「まあアニメって言って…。こういう動く絵みたいなものです」
ベートーベン「絵が動くのか。凄いな」
俺「で、この子がエーリカ・ハルトマンって言って…(う…大作曲家相手に何言ってるんだ俺は…)」
ベートーベン「これは人間か?鼻がないようだが」
俺「…まあこういう絵なんですよ。これが僕の嫁みたいなもんです」
俺「現代日本じゃわりと普通の話です…」
ベートーベン「何で下着丸出しなんだ?」
俺「いやそれは下着じゃなくて…まあいいや」
ベートーベン「?」
俺「(そうだ、ドイツ語字幕のアニメ何かなかったな…)」
ベートーベン「ん?」
俺「これ…もしよかったら作曲中の気分転換に見ててください」
ベートーベン「何だこれは?」
俺「エヴァンゲリオンっていう…まあドイツ語字幕付いてるんでわかると思います」
ベートーベン「ほう」
俺「これ、全26話まであるんで…」
ベートーヴェン「凄いな。本当に絵が動くとは…」
俺「じゃ、俺大学行ってくるんで…」
ベートーベン「…」
俺「(めっちゃ見てる…)」
俺「(きょうも安定のぼっちだった)」
俺「(家にあのベートーベンがいるってのに自慢する相手もいない…)」
俺「(…まあ言ったところで痛い奴扱いされるだけか)」
俺「(作曲終わったかな…)」
俺「ただいま…」
俺「ん?全然進んでない…」
俺「げっ!まだエヴァ見てる!」
俺「ちょっとベートーベンさん!作曲は?」
ベートーベン「邪魔だ、あっちへ行け!」
俺「(超ハマってるよ…)」
ベートーベン「…」
俺「あのー、俺もう寝ますからね」
ベートーベン「…」
俺「(26話全部見る気か…?)」
ベートーベン「…」
俺「あ、そうだ…パン買って来たんでここ置いときますね」
ベートーベン「…」
俺「(…寝よう)」
ベートーベン「…」
ベートーベン「zzzzz」
俺「あ、ベートーベンさん…寝てる」
ベートーベン「zzzzz」
俺「結局エヴァ全部見たのか…」
ベートーベン「zzzzz」
俺「ん?」
俺「げ…曲が書いてある!」
ベートーベン「zzzzz」
俺「すげえ…いつの間に…」
ベートーベン「ん…うむ…」
俺「あ…おはようございます」
俺「曲できたんですね」
ベートーベン「いや、こいつは叩き台だ。これから推敲するんだ」
俺「へえ…」
ベートーベン「モーツァルトと違って何度も書き直す。それが私の作曲法だ」
俺「エヴァはどうでしたか」
ベートーベン「いやあ、凄いものを見た。見終わって曲想が浮かんで一気に書き上げた」
ベートーベン「そうなのか?」
俺「リリン(人類)の生み出した文化の極みって紹介されてます」
ベートーベン「そうか…今ほど耳が聞こえないことを恨んだことはない」
俺「大げさだなあ…ちなみに今これ書いたのなんて曲ですか」
ベートーベン「弦楽四重奏曲第16番の第1楽章にする予定だ」
俺「(弦楽四重奏曲第16番第1楽章…youtubeで聴いてみるか)」
俺「(やっぱすごいなこの人…一晩でこれを)」
俺「(しかしこの曲が俺の部屋でエヴァ見て作られたとは…世界中の誰一人知る由もないだろう)」
ベートーベン「いや、昨夜2回ほど現れた」
俺「え!?」
ベートーベン「エヴァンゲリオンを見たかったんで放っておいた」
俺「…」
ベートーベン「まあ、また現れるだろ」
俺「(めちゃくちゃだよこの人…)」
俺「綾波レイですか?」
ベートーベン「いや」
俺「アスカですか」
ベートーベン「そうだ」
俺「(ベートーベンはアスカ派か…)」
ベートーベン「ジュリエッタを思い出すな…ちょうどあんな感じの女だった」
ベートーベン「ああ。当時私は31歳で向こうは17歳だった」
俺「(ロリコンじゃん…)」
ベートーベン「身分の違いで結局振られたけどな…」
俺「(モテないんだろうな…この人)」
ベートーベン「強気で優雅な女だった…」
俺「(ああ、そうか…さっきの優雅な曲はアスカをイメージしたのか)」
俺「わかりませんよそんなの」
ベートーベン「ちょっと2012年の世界を散歩してみたいんだが」
俺「え?」
ベートーベン「どこか面白いところはないか」
ベートーベン「固いことを言うな」
俺「…じゃあ…秋葉原でも行きますか?」
ベートーベン「アキハバラ?」
俺「というか俺はそこしか遊ぶところ知らないんで…」
ベートーベン「まあどこでもいい。連れて行け」
俺「あまり電車内でキョロキョロしないでくださいよ」
ベートーベン「英国で蒸気機関車が発明されたという話は聞いていたが…」
俺「これは電気で走るんです。このスマホも昨日のテレビも全部電気ですよ」
ベートーベン「186年も経つとここまで来るんだな」
女「あれー?俺君じゃん」
俺「!」
女「ほら私だよ。同じゼミの」
俺「あ…」
ベートーベン「?」
俺「う、うん…ちょっと…」
女「あれ?その外人さんは?」
俺「えーと…その…ドイツから来た留学生…年食ってるけど」
女「へえ。えーと…グ…グーテンターク」
ベートーベン「…」
俺「あ…耳聞こえないんだよこの人」
女「え?そうなんだ…ごめんなさい」
俺「じゃあ…次で乗り換えだから…」
女「あ、うん…じゃあね」
ベートーベン「…」
俺「え?一人ぼっちですよ」
ベートーベン「今の娘と親しげに喋ってたじゃないか」
俺「同じゼミってだけです。あの子は気さくないい子で、誰にでもああなんです」
ベートーベン「そうなのか」
俺「それを友達だなんて勘違いしたら…恥をかくだけだ」
ベートーベン「何が恥だ?」
俺「いいんです。ぼくは三次元なんかに興味ないんです」
ベートーベン「…」
俺「…あ、付きました。秋葉原です」
俺「新宿や渋谷はもっと多いですよ」
ベートーベン「うーん…目がチカチカする」
俺「さて、秋葉原といえばメイド喫茶ですけど…」
ベートーベン「どこでもいい。早く落ち着いたところに連れて行け」
俺「まずはちょっとCDショップに寄りませんか」
ベートーベン「CD?なんだそれは」
俺「クラシックコーナー。びっくりしますよ」
俺「これ見てください」
ベートーベン「なんだこれは?」
俺「これはCDっていってこの円盤を装置に入れると音楽が聴けるものなんですが…」
ベートーベン「?」
俺「これがバッハのコーナー。これがモーツァルトのコーナー」
ベートーベン「ほう」
俺「で、ここがベートーベンのコーナー。ほら。ここからここまで全部あなたの曲なんですよ」
ベートーベン「なるほど」
俺「他にも作曲家いるけど桁違いでしょ、量が」
ベートーベン「うむ」
俺「それだけ凄いんですあなたは」
ベートーベン「なるほどな」
俺「(あまりピンと来てないな…)」
俺「ここがメイド喫茶です」
店員「お帰りなさいませー!ご主人様!」
ベートーベン「なんだこの小娘どもは…。きわどい格好をして…」
俺「メイドですよ。あなたの時代にもいたでしょう」
ベートーベン「メイドは普通ばあさんだ」
俺「あ、そうか…」
店員「お待たせしましたー!」
ベートーベン「?」
店員「シロップ入れるんで、ちょうどいい所で『にゃんにゃん』と言ってくださーい」
俺「あ、すいませんこの人耳聞こえないんで…ちょっと待って」
ベートーベン「?」
ベートーベン「何でだ?」
俺「ええと…そういう決まりなんです」
店員「じゃ、入れますねー」
ベートーベン「シャーッ!」
店員「ひっ!」
俺「ちょっと!それ猫の威嚇じゃないですか!」
ベートーベン「私はこういう猫しか知らん」
俺「(…普段よっぽど猫に嫌われてるんだな…)」
俺「19世紀のウィーンはそんなに食べ物がまずいんですか?」
ベートーベン「うむ。これに比べると馬の糞だ」
俺「へえ…」
ベートーベン「ああ、でも私の作った魚料理はうまいぞ」
俺「え?ベートーベンさん料理やるんですか」
ベートーベン「そうだ、帰ったら食わせてやろう。この辺りに魚市場はないか?」
俺「いや、ここにはないです…」
ベートーベン「そうか。残念だ」
俺「(予想だけど…絶対まずいに決まってるよ)」
ベートーベン「こんなゴチャゴチャしたところにいて頭が痛くならないか」
俺「ぼっちの僕にはこれが逆に心地いいんですよ」
ベートーベン「ん?あれは…」
俺「?」
ベートーベン「ジュリエッタ…」
俺「え?」
ベートーベン「ジュリエッタだ!」
俺「あ!ちょっと!」
ベートーベン「見ろ、ジュリエッタの彫刻だ」
俺「(なんだ…アスカのフィギュアじゃないか)」
俺「ジュリエッタさんとアスカはそんなに似てたんですか」
ベートーベン「ああ…」
俺「あの、よかったら…プレゼントしますよ」
ベートーベン「何?」
俺「せっかく来たんですから、記念に」
ベートーベン「そうか…悪いな」
俺「どれがいいですか」
ベートーベン「これだ」
俺「(げ…グッスマの1/6?高い!)」
ベートーベン「どうした?」
俺「…こっちにしませんか」
ベートーベン「こっちはあまり似ていないんだが…」
ベートーベン「すまんな、こんなに土産を貰って」
俺「(これ大丈夫なのかな…過去に現代のものを持っていって…まあいいか)」
ベートーベン「お前には世話になった。何かやれるものがあればいいんだが…」
俺「いいですよ…気を使わなくて」
ベートーベン「そうか」
俺「(サイン貰おうかと思ったけど…どうせ誰も信じないし言う相手もいないし)」
ベートーベン「ところで…」
俺「え?」
ベートーベン「お前を見ていて一つ不思議に思ったことがある」
俺「なんです」
俺「ああ…それは筆談だからでしょうね」
ベートーベン「筆談だと平気なのか?」
俺「そうです…リアリティがないからかなあ」
ベートーベン「だったら手紙で思いを伝えたらどうだ」
俺「何のことです」
ベートーベン「さっき会ったあの娘だよ」
俺「え」
ベートーベン「愛しているんだろう」
俺「!!」
俺「は、はあ…」
ベートーベン「私もお前のように口下手で女性を前にすると何もできない男だった」
俺「…」
ベートーベン「だが手紙を書くと不思議なことにすらすらと思いの丈が溢れてな」
俺「…」
ベートーベン「人生であれほど燃え上がったことはなかった…」
俺「相手は…ジュリエッタさんですか?」
ベートーベン「いや。それ以上の恋だった。『不滅の恋人』だった」
ベートーベン「結局その人とは結ばれることはなかった」
俺「…フラれたんですか」
ベートーベン「だが後悔はしていない。あんな燃えるような恋をしたのだから」
俺「…」
ベートーベン「どうだ。お前もあの子に手紙を書いてみないか」
俺「で、でも…」
ベートーベン「…ん?」
俺「!!!」
俺「あ、青い渦…!」
ベートーベン「…そろそろお別れのようだな」
俺「ベートーベンさん…」
ベートーベン「二日間世話になった」
俺「いえ…こちらこそ…」
ベートーベン「この筆談でお前が私に何でも話せたように」
俺「…」
ベートーベン「お前も思いの丈を手紙に記すんだ。いいな」
俺「でも…」
ベートーベン「…!」
俺「(…!あ…大事なところで…)」
ベートーベン「…」
俺「(筆談帳のスペースががなくなった…!)」
俺「(ど、どうしよう…最後の言葉が…)」
ベートーベン「…」
俺「(えーと…何か書くもの…)」
ベートーベン「…」
俺「あ、ベートーベンさん!それは…」
ベートーヴェン「…(スラスラ)」
俺「だ、大事な楽譜に…!」
俺「え…なになに…」
ベートーベン「…」
俺「『Muss es sein?Es muss sein!』…?」
ベートーベン「…」
俺「ええと…エキサイト翻訳…」
ベートーベン「…」
ベートーベン「…」
俺「『そうあらねばならない!』」
ベートーベン「…」
俺「…」
ベートーベン「(ニヤリ)」
俺「ベートーベンさん…」
ベートーベン「…」
俺「あ…渦の中に…!」
俺「あ…」
俺「さ…」
俺「さようならああああああ!!!!」
俺「…」
俺「あ…」
俺「…」
俺「…行っちゃった…」
俺「あの大作曲家が俺の部屋に…」
俺「しかし…」
俺「『そうあらねばならないか?』『そうあらねばならない!』」
俺「…」
俺「要するにあれ『告っちゃえよ』ってことだろ…」
俺「…」
俺「大事な楽譜に書いてまで念を押されるとはなあ…」
俺「…」
俺「まあいいや。俺にはエーリカがいるし」
俺「告白なんかできるか…」
俺「この部屋で作曲されたんだよな…」
俺「図書館でCD借りて…しっかり聴いてみようかな」
俺「…」
俺「いい感じに力の抜けた…いい曲だな」
俺「一仕事やり終えた男の休息…って感じがする」
俺「あ、解説が付いてる…」
俺「え…『ベートーベン最後の作品?』」
俺「こんな軽い感じの曲が人生最後の曲だったのか…」
俺「まああの人らしいっちゃあの人らしいけど…」
俺「ん?」
俺「え…」
俺「えええええええええええええええええ????????????」
俺「Muss es sein?Es muss sein!(そうあらねばならないか?そうあらねばならない!)」
俺「『この言葉が何を意味するのか…研究家の間では意見が分かれている…』?」
俺「…」
俺「こ、これ…」
俺「さっきの俺への告白の念押しの言葉じゃん…」
俺「さっき書いたまま…そのまま後世に残っちゃったのか…」
俺「…」
俺「なんてこった…」
俺「…」
俺「あの子にラブレター書きゃいいんだろ…書きゃ」
俺「フラれたら…あんたのせいだからな!」
俺「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン!」
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!
Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
彼の歓声に声を合わせよ
そうだ、地上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい 〜交響曲第9番第4楽章〜
完
乙
よく乾燥させたな
返信削除素直に面白い・・・。
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